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Arakawa Shizuka 荒川静香

In Japanese class, I wrote a denki about Arakawa Shizuka(Sorry, it’s in Japanese)

私は日本語の授業で荒川静香さんについての伝記を書きました。

荒川静香は2006年のトリノオリンピックで金メダルをとったとても有名なフィギュアスケータである。2005年のグランプリファイナル前に記者から「日本選手3人が表彰台に上がりオリンピック出場枠が埋まったら?」と質問されたら、「引退する」と答えたが、2006年の全日本選手権で3位に入賞したので、8年ぶりに2回目の五輪出場となるトリノオリンピック代表に選ばれた。今思えば、もし引退してたら、この快挙はなかったかもしれない。

荒川静香は1981年12月29日に東京都品川区で生まれた。
家族は父親と母親だけで、兄弟はいない。1歳4ヶ月まで神奈川県鎌倉市で過ごす。そのあと、父親の転勤で宮城県仙台市に引っ越し、6年生の頃に、宮城県利府町に引っ越した。大学入学のときに、上京した。

5歳の頃から勝山スケーティングクラブ(2009年4月閉鎖)でフィギュアスケートをはじめ、ちびっ子スケート教室に入会したが、小学校入学後、本格的にフィギュアスケートを始めた。小学校3年生のときに5種類の3回転ジャンプをマスターした。10歳の時には第1回野辺山合宿に参加した。12歳のときに、初めて国際大会であるトリグラフトロフィーに出場し、優勝した。中学入学後、全日本ジュニア選手権と全国中学校スケート・アイスホッケー大会で3連覇。ネーベルホルン杯でも優勝した。中学3年生でシニアの第65回全日本選手権に出場し、村主章枝に続き、2位に入賞。1997-1998シーズン、第66回全日本選手権でライバルの村主らと競い合った結果、初優勝を果たし、1枠しかない長野オリンピックと1998年世界選手権の代表になった。彼女として初めての五輪出場となった長野五輪女子シングルでは、SPとフリーで14位、総合で13位に入った。1998-1999のシーズンでは、第67回全日本選手権で再び村主と接戦し、優勝した。2000-2001シーズンには上京し、プリンスクラブに在籍した。2002-2003シーズンからは神宮外苑スケート場を練習拠点とした。だが、5年ぶりに出場した世界選手権では、SPでスピンに入る前に氷の溝にはまり転倒、さらに肩を脱臼したが、スピンをしながら肩をはめ直し最後まで滑りきった。フリーでは高難度のコンビネーションを決、総合8位と初めて入賞した。全日本選手権では3位だったが、世界選手権の代表に選ばれた。世界選手権ではフリーでコンビネーションジャンプなど、全ての技を完璧に決め、技術点では6.0という満点を獲得して優勝。実はこの時、予選直前に左足坐骨を骨折したが、軽い肉離れだと思い込んでいた。2005年12月に、SPとフリーのプログラムを変えた。フリーで使用していた「幻想即興曲」をSPに、フリーは2004年世界選手権優勝時にも使用した「トゥーランドット」にした。2005年のグランプリファイナル前に記者から「日本選手3人が表彰台に上がりオリンピック出場枠が埋まったら?」と質問されたら、「引退する」と答えたが、2006年の全日本選手権で3位に入賞したので、8年ぶりに2回目の五輪出場となるトリノオリンピック代表に選ばれた。トリノ五輪女子シングルは、SPで3位につけ、荒川・サーシャ・コーエン・イリーナ・スルツカヤの上位3人が66点台で、大接戦だった。フリーでは自己最高得点をたたきだして1位となり、合計スコア191.34で優勝した。2006年5月7日、記者会見で選手引退とプロ転向を表明した。

プロ転向後いろいろなショーに出た。トリノオリンピックから1年の間に国内で約100公演以上のアイスショーに出演した。2010年3月19日と21日に米ABCで放映されたスペシャル番組『Thin Ice』ではステファン・ランビエールとペアを組み、総合3位だったが、視聴者投票では1位だった。現在はフィギュアスケートのシーズン中は、解説者としても活躍している。2011年には初めて石川翔子の「ミス・サイゴン」で振り付けを担当した。2012年9月23日に日本スケート連盟理事に選ばれた。2012年10月5日に行われた第1回メダルウィナーズ・オープンで優勝し、初代女王となった。

荒川は最近でもテレビで活躍している。最近で印象的なのは3つの番組である。まず一つ目は「世界の果てまでイッテQ」という番組で海の上に浮いてる人口氷の上でイナバウアーをやるという内容であった。しかし、その日は天気が悪く、普通のフィギュアスケーターは滑られないような状況であった。しかし、荒川はその上で、スケートみたいな動きを披露した。その上、イナバウアーのポーズまで見せてくれた。2つ目は「極限 KYOKUGEN2012 開幕直前SP」という番組で、30秒以内にスピンだけで旗を揚げるという挑戦を見事にクリアした。最後に「花は咲くスペシャル〜一つの歌がつむぐ物語〜」で、後輩スケーターと共に、花が咲くの歌にあわせて演技した。花は咲くは2012年に発表された東日本大震災のチャリティーソングである。