G9太宰治 

太宰治について考える

太宰治の発表を終えて、太宰治について学びました。
あの人の人生を知ろう〜太宰治編をまだ読んでいなければ読んでください。
(   )に適当な言葉を『  』には作品名を入れてください。
質問に答えてください。

太宰治:本名(      )は、青森県津軽の大地主の家に生まれ、14歳で父親を亡くすまで、どのような幼少期、青年期を送りましたか。それは後の太宰にどのような影響を与えたか、答えてください。
18歳のときに敬愛する(      )が自殺したことに衝撃を受けてから最初の自殺未遂を犯すまで、どのようなことがありましたか?あなたは、それについてどう分析しますか?
高校で学業を放棄し遊びまわったのにもかかわらず、(      )仏文科に入学しています。そして、左翼活動も始めます。さらに、付き合っていた芸妓、小山初代と婚約したのにもかかわらず、人妻であるカフェの女給、田部あつみと鎌倉で心中して自分は生き残り、田部は亡くなります。翌年、婚約していた小山初代と仮祝言をあげています。こういう、一連の行動は、後の作品にどのような影響を与えたと思いますか?
芸妓、左翼について調べて簡単に意味を書いてください。

芸妓とは?

左翼とは?

大学から授業料未納で除籍され、(     )の入社試験に落ち、自殺未遂を犯し、病気から薬物中毒になります。憧れていた(        )の名を冠した「芥川賞」が創設され、太宰は『       』により、第一回芥川賞の候補になりますが、受賞を逃します。選考委員の一人は川端康成でした。
芥川賞と川端康成(かわばたやすなり)について調べてください。

芥川賞:

川端康成:

『晩年』を刊行し、川端康成に芥川賞を与えてくれと直訴しますが、もう新人ではないとの理由で外されます。薬物中毒がひどくなり、井伏鱒二(読み:         )らが心配して、太宰を武蔵野の精神病院に入院させます。その経験は8年後『      』(代表作)に結実します。井伏鱒二について簡単に調べてください。
井伏鱒二:

1937年に初代と4回目の自殺未遂の後、離婚
1939年 井伏鱒二の紹介で石原美智子と結婚、(       )に住み、作風も明るくなります。
『女生徒』『富嶽百景』『駆け込み訴え』『走れメロス』『津軽』などを執筆

愛人、太田静子をモデルにした『      』(代表作)を書きます。静子との間には娘が誕生します。
過労と乱酒で結核になった太宰を看病してくれた女性と心中を図り、亡くなります。

死後『       』『       』『      』が次々に刊行されます。

太宰治の人生についてどう思いましたか?
あなたの感想を書いてください。

ワークブックp74ー78の下の段、漢字と語句をやりましょう。

『走れメロス』を黙読してください。

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